タイ法人からの非居住者・外国法人への支払いにかかる源泉税
非居住者・外国法人へ国内源泉所得を支払う場合は、源泉税が発生する事があります。これは日本だけでなく、タイにおいても同様です。
非居住者・外国法人への支払いにかかる源泉税の課税の有無を確認するには、まずは国内法の規定を確認します。
その後適用すべき租税条約があれば、所得源泉地についての規定(ソース・ルール)や源泉税率について確認し、国内法と異なる定めがあれば、租税条約の規定を適用します。
ただし、源泉税率については、国内法の定める源泉税率が、租税条約の定める源泉税の限度税率を下回る場合は、租税条約の限度税率を適用する事はできず、国内法の源泉税率が適用されることとされています。
租税条約の規定は課税制限規定であり、課税根拠規定ではないから、というのがその理由です。
タイ国歳入法上の非居住者・外国法人への支払いにかかる源泉税についての規定
非居住者・外国法人への支払いにかかる源泉税は、世界の多くの国々において、国内源泉所得を支払う場合に発生するものです。
従いまして、何が国内源泉所得であるのかの定義を確認する必要があります。しかし、タイ国歳入法上、タイ国内源泉所得について、明確な定義規定はありません。
タイ国歳入法上の非居住者・外国法人への支払いに係る源泉税の根拠規定は、下記のとおりです(タイ国歳入法70条)。
「外国の法律に基づき設立された会社・・・でタイ国内において事業を営んでいないものが第40条の(2)、(3)、(4)、(5)又は(6)に規定する課税所得を受領する場合で、かつその支払いがタイ国から又はタイ国内で行われるものについては、租税を納付しなければならない。
当該課税所得の支払者は、その所得から会社・・・に係る税率を適用して税額を源泉徴収し、・・・納付しなければならない。」
つまり、国内源泉所得の定義を規定する事なく、ある種類の所得を非居住者・外国法人に対してタイ国から又はタイ国内にて支払う場合は、源泉徴収義務が発生するという規定ぶりとなっています。
ここで、タイ国歳入法40条では、課税所得について、以下の8種類が規定されています。
このうち、(2)、(3)、(4)、(5)又は(6)に該当する所得を、非居住者・外国法人に対して支払う場合は、上記の規定により、源泉徴収が必要となります。
(1) 給与および賃金(ストックオプション、住宅手当、福利厚生による所得を含む)
(2) 請負、雇用およびサービス提供による報酬
(3) 営業権、著作権、フランチャイズ、特許権およびその他権利の使用料ならびにその他の年次報酬等
(4) 利息、配当金、投資家への利益分配金、会社またはパートナーシップの合併、買収あるいは解散による利益、株式譲渡益、暗号資産(仮想通貨)またはデジタルトークンの譲渡により発生した利益等
(5) 資産の賃貸による所得、ハイヤーパーチェスや割賦販売契約の解約による受取違約金
(6) 法律、エンジニアリング、建築、会計等の自由専門業による所得
(7) 請負契約者が道具以外の主要な原材料を提供する工事請負契約から生じる所得
(8) 商業および各種産業から生じる所得、上記(1)~(7)以外の所得
源泉税率については、上記40条(4)の中の(b)に規定される配当および収益の分配について10%である以外は、全て15%となっています。
租税条約上の非居住者・外国法人への支払いにかかる源泉税についての規定
以上のタイ国歳入法上の非居住者・外国法人への支払いにかかる源泉税についての規定は、適用可能な租税条約があり、それを適用する場合は、租税条約の規定により修正されます。
日タイ租税条約についてみますと、役務提供の対価については、歳入法上は15%の源泉税が規定されています(上記40条(2)の所得)が、日タイ租税条約7条の規定により、タイ国内にPE(注1)が無ければ、免除されます。
また、貸付金利息の源泉税率については、タイ国歳入法上の源泉税率が15%であるところ、政府保有の金融機関に対する利息支払いは0%、その他金融機関に対する利息支払いは10%が適用されます。
注1 PE
Permanent Establishment (恒久的施設)の略で、事業を行う一定の場所等をいい、非居住者および外国法人の事業所得に対する課税の根拠となるものです。一般に非居住者および外国法人が国内で事業を行っていても、当該国内に恒久的施設を有していない場合には、その非居住者および外国法人の事業所得は課税されません。「恒久的施設なければ課税なし」と呼ばれ、事業所得課税の国際的なルールとなっています。
それ以外の所得については、すべて、租税条約の限度税率を下回るため、歳入法の税率がそのまま適用されます。
租税条約により、所得源泉地の規定や源泉限度税率が異なるため、支払先がどの国かによって、個別に該当する租税条約の規定を確認する事が必要です。
なお、BEPS最終報告書(注2)の行動6では、租税条約の濫用防止について指摘されており、商流を操作し源泉税率が低くなる有利な租税条約を使用(トリーティーショッピング)する行為を防止する提案がされています。
例えば、主要目的テスト(Principal Purpose Test)では、租税条約の濫用が主な目的であると判断される取引は、租税条約の特典(源泉税の減免等)が否認されます。
また、特典制限条項(Limitation on Benefit Clause)では、租税条約の特典を享受できる適格者を限定し、適格者以外は租税条約を利用できない事としています。
このような租税条約の利用の制限ルールは、既に日米租税条約等にも導入されていますが、今後BEPS防止措置実施条約による改訂が進み、増えていくと思われます。
ただ、現時点で、タイはBEPS防止措置実施条約には未署名です。
注2 BEPS最終報告書
OECD(Organisation for Economic Co-operation and Development, 経済協力開発機構)にて、近年グローバルに事業展開する多国籍企業が、その活動と各国の税制や国際課税ルールとの間のずれを利用することで、その課税所得を人為的に操作し、課税逃れを行っている問題(Base Erosion and Profit Shifting(BEPS)、税源浸食と所得移転)に対処するために、2015年9月にとりまとめられた報告書です。OECDは2012年よりプロジェクト(BEPSプロジェクト)を立ち上げ、 G20(財務大臣・中央銀行総裁会議)の要請により策定された15項目の「BEPS行動計画」に沿って、国際的に協調してBEPSに有効に対処していくための対応策について議論を行っています。15項目の「BEPS行動計画」のうち、行動6は租税条約の濫用防止についての行動計画です。
実務上の論点:役務提供取引か無形資産取引(使用料、ロイヤリティ)か
ある支払いが役務提供の対価であるのか、無形資産の使用料(ロイヤリティ)であるのか、というのは、しばしば判断が難しい問題です。
その上、タイ法人から日本居住者・日本法人への支払いについて、日タイ租税条約適用の結果、役務提供対価であれば源泉税免除、無形資産の使用料であれば15%の源泉税発生と、取り扱いが大きく異なる事となります。
ここで、日タイ租税条約12条に、ロイヤリティの定義規定があり、この定義に該当すれば、ロイヤリティと判断されます。
その定義は以下のように、かなりの解釈の余地を残しているものとなっています。
日タイ租税条約12条3項 「この条において、「使用料」とは、文学上、美術上若しくは学術上の著作物・・・の著作権、特許権、商標権、意匠、模型、図面、秘密方式若しくは秘密工程の使用若しくは使用の権利の対価として、又は産業上、商業上若しくは学術上の経験に関する情報の対価として受領するすべての種類の支払金をいう。」
ここから、著作権等、知的財産権の使用の対価や権利譲渡対価、そして産業上等の経験に関する情報の対価、がロイヤリティ(使用料)であるという事となります。
そして、登録されている知的財産権のみならず、実質的に知的財産として機能しているもの(例えば日本親会社の製造ノウハウ等)をタイ法人が使用する場合も、ロイヤリティの定義に含まれます。
例えば、日本親会社から受けた、製造ラインの立ち上げ支援や技術指導等は、ロイヤリティと判断される可能性が高いと思われます。
また、システムやソフトウェアの使用料について、タイ国歳入局はルーリングにて、タイ国の著作権法(およびタイ国歳入法40条(3)および日タイ租税条約12条)を参照し、著作権の使用料にあたり、源泉徴収すべきとしています。
判断が非常に難しい論点でありますが、知的財産権としての登録の有無にかかわらず、外国法人が持つ高度なノウハウをタイ法人が使用している、と客観的に判断できるか否かが、検討において重要な点です。
最後に
非居住者・外国法人への支払いについては、VATの論点(サービスの輸入)もあります。
税務署とのトラブルも多い論点となりますので、支払金額が大きくなる場合は、都度専門家への確認を取る等、注意が必要です。